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2005.10/31(Mon)

「義経」感想

今日ってハロウィンでしたっけ?
グッズとかはよく見かけますが、お祭り好きな日本で
珍しく、まだ定着していない行事ですよね(笑)

先日の義経の感想―
遂に兄弟決別です。
今まで決別していなかったのかという感じも受けましたがね(笑)

兄としての頼朝はまだギリギリのところで義経を許すつもりが
あったのでしょうね。冠位や院からの任官である伊予守の立場を
返還し謝るのであれば、命まで取るつもりはなかったように
見えました。

でも、追討の院宣まで相手がもらってしまったら、お互いに
どこへも引き返せませんよね。もはや、兄弟がどうのという
レベルではなく、男と男が己の行く道をかけて衝突している
訳ですから、どうしようもありません。


それにしても自分についてくれる人が予想以上の少なさで
義経が驚いてましたねぇ。
でも武士の権利を勝ちとり、武家の世を作ろうとしているのは
鎌倉に他ならないのですから、通常の武士には、鎌倉への
不満ってあまりなさそうですから無理もない気が…。
戦で義経に従った郎党以外の人たちは、飽くまで「鎌倉殿」の
代官たる義経に従ったのであって、義経本人に従った訳では
ないのですよ。彼が鎌倉の非情さを訴えても当時の武家の
感覚でいえば、それは寧ろ当然の事でしょうし、そもそも最初
の鎌倉の言いつけを守らなかったのは義経の方って事で説得力
なさそう(苦笑)。
逆に弟だからといって他の御家人と差別をせずに扱う頼朝への
信頼が増しそうよね。

ところで、義経が『都で戦をすれば、都が焼かれるかもしれない。
多くの孤児を出し、恩有る人を巻き込むのはイヤだ』云々と
言っていましたが、一言いいたい。
都以外で自分が知らない人たちなら焼け出すのは良いのか!?
気持ちとしては納得できるのだが、何か「都以外なら良いや」と
言外に言われた気がして突っ込まずにはいられません。
ある意味、自分の気持ちに正直過ぎです義経…。

来週は吉野での静との別れですね。
義経を見ていると京都と鎌倉に行きたくて堪らなくなりますが
来週からはこれに吉野が加わりそうです(笑)
EDIT  |  22:28 |  歴史  | TB(0)  | Top↑
2005.10/24(Mon)

「義経」感想

昨日、録画した義経を鑑賞していたら、また選挙速報が…。勘弁してくれよ、全く。そんな訳で土曜日取り直しです。

さて、肝心の本編は義経がゴロゴロと転落人生の坂を
下っています。「鎌倉に弓を引くつもりはない」だけど
「鎌倉とは違う自分の理想の国をつくりたい」とか言って
いましたが、『義経バカかお前は!』と言いたい。

戦争って基本は理想と理想の妥協点が見つからなくて起きるものですよね。(もちろん領土拡大とか多々の思惑もあるでしょうが)
頼朝の国作りを義経が認めない以上、同じ日本というを国に理想を求めるのであれば行き付く先は戦しかない気がするのですよ。
奥州が藤原氏の目指す国造りを出来たのは、あの地を蝦夷の地として蔑む、都の人間が年貢さえ納めていれば文句を言わない、いわば日本と認められていないような場所だったからに他ならないのではないしょうか。
だから、その点ではトラブルメーカーの伯父・行家が言う『それを鎌倉では謀反とみなす』という意見は正しいと思いますよ。
別に戦をするのが正しいという気は全くないのですが『戦上手かもしれないけど、本当に考え甘いよなぁ』という感が拭えません。

それにしても政子が回を増す毎に悪役化している(涙)
北条氏を腹黒一族にするのは止めてくれ~~
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